1 「原因において自由な行為」が問題となる事例
「A氏は,V氏を素手で殴って痛めつけてやろうと考えていたが,しらふの状態で犯行に及ぶのは恐かったため,飲酒をしたところ,泥酔してしまい,意識がもうろうとするなか,近くに落ちていた金属バットでV氏を殴り殺してしまった。」という事例について考えます。
A氏には何らかの犯罪が成立するのでしょうか?
2 問題の所在
上記事例では,V氏がA氏を金属バッドで殴り殺していますが,その時点(=金属バットで殴った時点)では,V氏は泥酔して意識がもうろうとした状態にあり,責任能力があるとはいえません。
犯罪が成立するには,責任能力が必要です。
心神喪失と評価される場合には,責任無能力として犯罪不成立となり,心神耗弱と評価される場合には,限定責任能力として刑が必ず減軽されます(刑法39条1項,2項)。
しかし,上記事例のような場合に,A氏が泥酔していたからといって,犯罪が成立しない,あるいは,減軽されるというのはいかにもおかしな感じがします。
そこで考えられた理論が「原因において自由な行為」です。
3 原因において自由な行為とは
責任能力は,結果行為(上記事例では金属バットで殴る行為)の時点でなかったとしても,責任無能力を招いた原因行為(上記事例では飲酒行為)の時点で存在すれば,責任非難は可能であるという考え方があります。
このような考え方に立てば,少なくとも,A氏が酒を飲み始めた時点では,A氏に完全な責任能力がありますので,泥酔していたことが理由でA氏に犯罪が成立しなかったり,減軽されたりすることはありません。
4 A氏に殺人罪が成立するか?
A氏に殺人罪が成立するためには,A氏に殺人の故意があることが必要です。
上記事例では,A氏がV氏を金属バッドで殴った時点では殺人の故意があったかもしれませんが,少なくとも,責任能力のある飲酒開始時は,「V氏を素手で殴って痛めつけてやろう」と思っていたにすぎませんので,殺人の故意はなく,傷害の故意が認められるにすぎません。
つまり,客観的には殺人の結果が生じているけれども,主観的には傷害の故意しかないわけです。
このような場合には,殺人の故意が無い以上,殺人罪は成立しません。
もっとも,殺人罪と傷害罪は,傷害罪の限度で重なり合います(専門的には客観的構成要件が重なり合うなどといいます。)。
そして,V氏が死亡しているため,A氏には傷害罪の結果的加重犯である傷害致死罪が成立すると考えられます(刑法205条)。
5 「原因において自由な行為」の学術的見解
以上は,実行行為はあくまでも結果行為であり,実行行為と一定関係にある原因行為時に責任能力があれば,責任を問うことができるという見解に基づいて検討しました。
実務を扱う弁護士としては上記理解で十分であるとも思えますが,学術的には,原因において自由な行為について,原因行為を実行行為と捉え,自分の責任無能力状態を道具として利用しているため間接正犯の場合と同様に責任を問えるという見解(間接正犯準用説)や,実行行為と実行の着手を区別し,原因行為と結果行為を合わせて実行行為と捉え,実行行為の開始時に責任能力があるため責任を問えるという見解などもあります。
興味のある方は,刑法の専門書等を読んでみてください。