旧優生保護法の手術規定について最高裁の違憲判決が出たことが大きく報道されていますが、この判決には、時効と除斥期間に関する重要な論点が含まれていますので、その点について見ていきたいと思います。
1 問題の所在
本件では、原告が手術を受けた時点から訴訟提起までに20年以上が経過していることから、改正前民法724条後段によって、請求権が消滅しているのではないかが問題となりました。
改正前民法724条
「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」
これについて、高等裁判所の判断が分かれていたところ、今回、最高裁判所による判断がなされました。
2 論点の整理
改正前民法724条後段によって請求権が消滅しているかについては、以下の3つ論点になると考えられます。
①改正前民法724条後段が、除斥期間を定めたものか、消滅時効を定めたものか?
②除斥期間を定めたものである場合、裁判所が除斥期間の経過により請求権が消滅したと判断するためには当事者の主張が必要か?
③除斥期間の主張が必要である場合、本件では、それが信義則違反又は権利濫用となるのか?
①について、消滅時効であると考えると、被告による時効の援用が信義則違反又は権利濫用であるという理屈で、請求を認める余地ができます。
一方、除斥期間であると考えると、②の論点が生じます。
②について、除斥期間の主張が不要であると考えると、被告による主張がない以上、信義則違反又は権利濫用として排斥することが難しいものと考えられます。
実際、平成元年判決(平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁)は、「本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても、右期間の経過により本件請求権が消滅したものと判断すべきであり、したがって、被上告人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当」としています。
なお、後述しますが、この平成元年判決の判断については、今回判例変更がなされました。
一方、除斥期間の主張が必要であると考えると、除斥期間の主張が、信義則違反又は権利濫用であるという理屈で、請求を認める余地ができます。
③については、本件の具体的事情において、信義則違反又は権利濫用となるのかという点が問題となります。
3 最高裁判所の判断
①について
多数意見では、改正前民法724条後段は除斥期間であるという判断がなされました。
これは、これまでの最高裁判例と同様の判断で、この点について判例変更はありません。
なお、宇賀克也裁判官は、改正前民法724条後段は消滅時効であるという見解を示しています。
②について
ここが今回判例変更がなされた重要な点で、これまでの当事者の主張が不要という見解を改め、当事者の主張が必要であると判断しました。
本件において、
・法的安定性の確保、証拠の散逸による立証活動の困難という事態を免れるという改正前民法724条後段の趣旨が妥当しないこと
・立法後の国による積極的な施策実施と被害の重大さから、国の責任が極めて重大であること
・被害者側が期間内に請求権を行使することが極めて困難な事情があったこと
などを指摘し、「本件のような事案において、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することのできない結果をもたらすことになりかねない」とし、当事者の除斥期間の主張が必要であるとしたうえで、「同請求権が同条後段の除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である」と判断しました。
③について
②に記載した事情をもとに、「第1審原告らの本件請求権の行使に対して上告人が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されない」と判断しました。
この結論を導くための②の判断であったので、最高裁としては当然の結論といえます。
参考リンク:裁判所・令和5年(受)第1319号 国家賠償請求事件 令和6年7月3日 大法廷判決
4 本判例の射程
弁護士としては、この判例が今後のケースにどのような影響を及ぼすかが関心事ですが、本判例の射程はあまり広くない、少なくとも、国家賠償請求訴訟ではない一般の民事訴訟には及ばないのではないかと思います。
というのも、本件は、立法という国権行為によって被害者の憲法上の権利が侵害され、立法後も国が人権侵害行為を積極的に推進し、被害者が特定の疾病や障害を有する期間内の権利行使が難しい立場の人であったという極めて特殊な事情があり、それをもとに上記②、③の判断がなされているので、あくまでも「国家賠償法に適用される改正前民法724条」の解釈として、除斥期間の主張が信義則違反・権利濫用として許されない場合があることを示したに過ぎないと考えられます。