交通事故の過失割合の基準について思うこと

弁護士をしていると、交通事故の相談を受けることも少なくありません。

交通事故の被害に遭われた方は、加害者に対して賠償金の支払いを請求することができます。

一般的には保険会社が支払いをしてくれますが、慰謝料等の支払額を低い水準で提案されることも多いため、弁護士が依頼を受けて賠償金額について交渉するなどしています。

こういった賠償金の交渉をしていて、なかなか難しいと思うことが多いものに「過失割合」というものがあります。

過失というのは、言い換えると不注意ともいえるのですが、交通事故が起きた原因に当事者の不注意があった場合、その不注意の程度に応じて賠償金を減額するという仕組みがあります。

例えば、信号待ちで車を停車させていたところ、いきなり後ろから前方不注意の車に追突されたというような事案であれば、被害者側に事故の原因になった不注意はないため、過失は0%です。

しかし、例えば見通しの悪い交差点で出会い頭でぶつかったような場合には、どっちも不注意だったということで、両方の当事者に過失が認められることもあります。

交通事故は事件の件数が非常に多いため、こういった過失割合の判断について、裁判所や裁判官ごとに判断が分かれたりしないように、いわゆる「赤い本」や、別冊判例タイムズ38号と呼ばれる本などで、「こういう事故の類型であれば、こういう過失割合を目安とする」という基準がつくられています。

交通事故の示談交渉や裁判をすると、基本的にはこの過失割合の基準に沿って、賠償金の過失割合に応じた減額が判断されます。

この過失割合の基準を見ていると、交通事故の被害者の過失割合が0%になる類型というのは、実はあまり多くありません。

先程紹介した停車中の追突事故の場合以外には、こちら側が青信号で相手が赤信号無視だった場合や、明確にセンターラインが引かれている道路で相手がセンターラインをオーバーして突っ込んできたケースなどは被害者の過失割合は0%が原則ですが、それ以外はたいていの交通事故の類型で、被害者側にも何割か過失割合が認められる基準になっています。

もっとも、この過失割合というのは、交通事故の被害に遭われた方の気持ちからすると、非常に受け入れにくいものです。

実際に、裁判などで徹底的に争っても、「赤い本」や別冊判例タイムズ38号などに記載されている過失割合の基準どおりに裁判官が判断することが圧倒的に多いため、弁護士としては「お客様にも、今回の件では~%ぐらいの過失割合が認められる可能性が高いです。」と見通しをお伝えしないわけにはいけません。

ただ、過失割合の基準で被害者側に1割から2割ぐらいの過失割合が認められる事例を見ていると、優先道路を直進していたら脇道から出てきた車にぶつかられたとか(過失割合1:9)、青信号で交差点を通過しようとしたら対向車が右折してきてぶつかられた(過失割合2:8)というように、実際の運転の場面を考えると「これでこっちにも非があるとかいわれても、納得いかんわ。事故の原因は無茶な運転した相手のほうでしょう。」といいたくなる場合が数多くあります。

もちろん、裁判所の判断や過失割合の基準の説明を詳細に読むと、相手方の動きを予想して減速するなどしていたら、結果回避可能性があったという説明などで、理屈はとおっているのですが、実際に自動車を運転する立場で考えたときに、優先道路で脇道を交差するたびに、飛び出してくる自動車を予想して減速していたら、後続車から追突されそうで、余計に危ない気がします。

また、脇道からでようとしている車が見えたときに、優先道路側の自動車がしっかり減速すると、譲ってくれたと勘違いして脇道から車が出てくるのを誘発して余計危ない場合もあるように思われます。

青信号で右直事故の場合でも、中途半端に直進者側が減速すると、かえって右折車待ちの車両の右折を誘発してしまって事故の危険が増すので、右折待ちの自動車を注視しながら、スピードは落とさずに直進するのことが多いのではないかと思います。

交差点を青信号で直進していて、突然、右折待ちの自動車が右折してきてぶつかったという場合、過失割合の基準によれば直進側にも2割の過失が認められますが、実際に自動車に乗ってみると「じゃあ、どう走っていれば回避できたのかわからない。青信号で交差点に進入する場合でも徐行しなきゃいけないのですか?」と思ってしまいます。

こちら側に制限速度オーバーがある場合などは、過失割合と言われても仕方ないと思いますが、こちらが制限速度その他の交通ルールを完全に守って走行していたことがドラレコの映像等から証明できる事例で、相手車両が直前で右折したり脇道から飛び出してきた場合にまで、別冊判例タイムズ38号の基準を持ち出して過失割合といわれると、ちょっと基準が独り歩きしているのではないかと思ってしまうことがあります。

個人的には、別冊判例タイムズ38号や「赤い本」の基準の修正要素の中に、優先道路や青信号の交差点を直進していた制限速度違反その他の道路交通法の違反がない状態で走行していたことが、ドライブレコーダーその他の証拠で証明できた場合には、過失割合を0と認められるような修正要素があっても良いのではと感じています。

ただし、この問題を過失割合の基準の問題で片づけるのも、乱暴な話です。

現在の裁判の仕組みでも、本当にこちら側が制限速度違反など交通法規違反はしておらず、相手が右折や脇道から進入した位置とタイミングが、急制動をとっても事故の結果を回避できない位置であったと証明できた場合には、理論的には注意義務違反は認められず、過失割合は0になるはずです。

しかし、実際には判例タイムズなどの基準どおりの判断に落ち着く場合が圧倒的に多い原因の一つには、そもそもドラレコがついていなかったり、映像が消えてしまっていたり、走行速度が明確には記録されていなかったり、相手とこちらの間の距離などが正確に計測できなかったりと、立証が困難な事例が多いという現状があります。

AIがこれだけ発展している世の中なので、走行速度や周辺車両との距離などを全部自動で計算して記録してくれている、ターミネーターのようなドライブレコーダーが開発されたら、多少高価でも、ぜひ自動車に設置したいなと、夢のような妄想をしています。