弁護士法人心では、障害年金の申請のサポートも業務をして行っております。
近頃、障害年金の申請についてご相談に乗らせていただいていると、「来年から、障害年金の制度がかわると聴いた。」というご相談をいただくことがあります。
これは、おそらく厚生労働省・社会保険審議会年金部会で検討されている年金制度改革案に関する話ではないかと思います。
社会保険審議会での検討の内容については、厚生労働省のホームページから第17回社会保障審議会年金部会(2024年7月30日)「障害年金制度の見直しについて」という資料で確認することができます。
検討されている内容はたくさんありますが、特に障害年金の申請を検討されている方にとって、大きな関心をもつ検討内容は以下の二つではないかと思います。
1つは、「障害厚生年金において、保険事故の発生時点を初診日とすることを維持しつつ、延長保護や長期要件を認めるべきかどうか。」というものです。
用語が少し分かりづらいので、問題意識の背景まで遡ってお話します。
まず、前提として、日本の年金制度は、よく2階建てと喩えられるように、国民年金を基本として、厚生年金に加入していたかたには、国民年金(1階部分)に厚生年金(2階部分)が上乗せされてより手厚く保障を受けられる仕組みになっています。
つまり、厚生年金が利用できたほうが、国民年金しか利用できない方よりも、有利になる仕組みになっているのです。
この影響は、障害年金の申請をする場合でも大きく、厚生年金が利用できる場合には、障害等級が3級という比較的軽い症状でも年金支払いの対象と認めてもらえますし、障害等級2級以上の等級と認定された場合にも、支払われる年金額が厚生年金の分上乗せされてより大きな年金額を受け取ることができるようになります。
このように、厚生年金が利用できるかどうかは、年金を申請する人にとって、大きな利害関係がある話なのです。
では、障害年金で、厚生年金が利用できるかどうかがどのように決まるかというと、これは、「初診日」を基準に判断されます。
今の障害年金の制度では、「初診日」に加入していた保険の制度でしか、障害年金を請求できない仕組みになっています。
例えば、うつ病の方が、不眠などの心身不調を訴えて最初に心療内科を令和6年4月1日に受診したとすると、その令和6年4月1日時点で、厚生年金に加入していた場合には、厚生年金が利用できますが、国民年金の加入者だった場合には、厚生年金は利用できないことになります。
ここで考えていただきたいのが、この制度では、長年、厚生年金に加入して厚生年金保険料を払っていた人でも、たまたま、初診日に厚生年金に入っていなかったら、障害年金では厚生年金を請求できなくなってしまうということです。
具体的な事例で考えると、ここにAさんとBさんという二人のうつ病の患者さんがいるとします。
Aさんも、Bさんも、現在52歳で、22歳に就職してから30年間、ずっと厚生年金保険料を納めてきました。
そして、2人は、職場での人間関係の悩みなどから心を病んでうつ病を発症して退職することになりました。
Aさんは、令和6年3月20日に退職し、厚生年金の被保険者ではなくなった後に、初めて令和6年4月1日に病院にいったとします。
Bさんは、令和6年4月1日に病院にいき、その後に、4月10日に退職したとします。
そうすると、同じように長年厚生年金保険料を納めてきて、病気になったタイミングも、治療を受け始めたタイミングも、実態はほとんど同じ二人であるのに、わずかな退職と初診日の時期のずれだけが理由で、Aさんは厚生年金は利用できず、Bさんは厚生年金が利用できるという結論の違いがうまれてしまうのです。
現在、検討されている改正案では、具体的な期間や要件は不明ですが、僅かな初診日のずれだけで、上記のような不公平な格差が生まれないように、厚生年金にずっと加入していた人が、退職した後に初診を受けたとしても厚生年金の利用ができる余地を作ろうという検討がされています。
これは、障害年金の申請のサポート業務をしていて、本当に不公平感を感じるポイントですので、ぜひ、検討に留めず、実際に法改正まで実現してほしいと思います。
2つ目は、 事後重症の場合でも、障害等級に該当するに至った日が診断書で確定できるのであれば、その翌月まで遡って障害年金を支給することを認めるべきかどうか。
これも、事後重症などの専門用語ばかりで、どういう問題なのかわかりづらいですので、具体例で問題意識についてお話いたします。
前提知識として、障害年金の請求は、一部の例外を除き、原則として初診日から1年半経過した日から請求することができるようになります。
また、初診日から1年半たった時点では障害年金を請求しなかった人も、後から症状が悪化した場合には、その時点以降の年金の支払を請求することはできます(これを「事後重症請求」といいます。)。
例えば、Aさんという糖尿病患者さんがいるとします。Aさんは、40歳のころ糖尿病を発症し、病院を受診しました。
Aさんは、初診日から1年半たった時点では、それほど、症状は悪くありませんでしたが、45歳の時には、人工透析が必要なレベルにまで糖尿病の症状が悪化しました。
人工透析が必要になるほどの糖尿病は一般的には障害年金の2級に相当する障害であり、その他の年金受給の条件も満たされていたAさんは、45歳の時に「事後重症」請求をしさえすれば、その時点から年金をもらうことができたはずです。
しかし、Aさんは、障害年金という制度を知らず、「年金は65歳になってからもらうもの」とばかり思って、年金を申請しませんでした。
そして、今は52歳になっています。
このような場合、Aさんは、本当は45歳のときから年金をもらえる病気の状況であったにもかかわらず、52歳以降の分の障害年金しかもらえないことになります。
現在の年金の制度でも、過去に本当はもらえるはずだった年金を、遡って請求する仕組みは用意されています。
しかし、この過去に遡って年金を請求する場合、現行の障害年金制度では、初診日から1年半経過した時点で年金がもらえたと証明できた場合でないと遡って年金を請求することを認めない仕組みなっています。
Aさんのように、40歳から52歳までの12年間の治療期間の途中で、45歳の時点で障害年金2級を貰える症状になったとしても、45歳の時点ですぐに障害年金の請求をせずに、52歳になってしまったのであれば、この場合には、もう45歳から51歳までの期間にもらえたはずの障害年金は諦めてくださいというのが、現在の制度です。
今回の改正案では、このようなAさんについて、45歳のときに障害年金を受給できたことを証明できたのなら、45歳から51歳までの期間にもらえたはずの障害年金についても支払いを認められるようにしようということが検討されています(*なお、時効の問題があるので仮に、この法改正が実現しても、遡れる範囲は5年間に限定されます。)。
この論点については、いろんな考え方ができると思います。現行の仕組みは、行政の制度設計としては一定の合理性があります。
Aさんは、45歳のときに障害年金を申請しようと思えば申請することができたわけですから、52歳まで年金を申請しなかったのはAさんの自己責任であり、遡って年金を支払う必要はないというのも、一つの筋のとおった考え方だと思います。
しかし、そもそも、障害年金の制度というのは、自分自身の身の回りのことを自力で解決することにも困難な障害を抱えた方のサポートをしようという制度です。
相談者の方の話をきいていると、障害の内容や程度は多様ですが、その中には、障害年金の申請が可能であるということを知る機会が十分に与えられない環境にいたり、そもそも障害年金の申請に向けた活動を自ら行うことができないような病気のかたもいらっしゃいます。
このような一人ひとりの相談者の状況と、障害年金の本来の目的を考えたときに、「知らなかった、請求しなかった、それはあなたの自己責任。だから、支払いません。」という割り切った対応でよいのかと、モヤモヤとした思いを感じることは少なくありません。
障害年金という制度は、日本年金機構のホームページなどで公表されていますので、経済的合理性に従って自ら行動できる人にとって、障害年金に関する情報にアクセスすることは容易です。
しかし、障害年金を必要としているのは、障害を抱えて働いたり、通常の社会活動を営むこともままならなくなっている人です。
相談に来られる方のなかには、障害の程度も重く、さらに社会的に孤立していて、身近に親身になって障害年金の申請について情報提供をしてくれる人がいなかった方もたくさんいらっしゃいます。
そういった方から、「お医者さんも教えてくれなかった、市役所の人も教えてくれなかった、誰も教えてくれなかった。私は、ずっとこの障害で苦しんできたのに、やっぱり昔にもらえたかもしれない年金は、諦めないといけないのですか?」と質問されると、弁護士として辛い気持ちになります。
この改正案についても、できることなら、検討にとどまらず、実際に法改正が実現すればよいのになと思いながら期待して見守っていきたいと思います。
それから、令和6年10月現在で障害年金の申請を検討されている方にお伝えしたい点としては、上記で紹介した制度の改正は、あくまで社会保険審議会で検討されているという段階であり、実際に、制度の改正がされると決まったわけではありませんし、どのような制度改正になるのかも、いつ改正が実現するのかもわからない状況です。
適用されるのが厚生年金かどうかなど、受給額に大きな影響がある論点も改正の検討対象に含まれているため、「制度が改正されてから、障害年金を申請した方が良いのでは?」と考える方もいらっしゃるかと思います。
このような考え方を、完全に否定するつもりはありませんが、実現するかどうかわからない制度改正を待って、今実際に行うことができる申請を遅らせてしまうと、改正の動向次第では、待っていた期間の分だけ年金をもらい損ねて、損ををして終わる、一番後悔の残る形で終わる恐れもありますので、方針について慎重にご検討いただければと思います。