奈良といえば鹿が有名です。
私も、子供のころ奈良公園の鹿に追いかけられ怖かった思い出があります。
奈良の鹿に関連して、先日、ネットのニュースで奈良公園に観光客向けのゴミ箱を再設置をするという話をみました。
ゴミ箱の設置は40年ぶりということです。
ネットの記事では、外国人観光客の増加に伴ってゴミ箱のポイ捨てが増えてきており、1年間に奈良公園内で亡くなった鹿のうち約65%程度から胃からプラスチックごみが出てきたことから、鹿のゴミの誤飲防止のためゴミ箱の再設置を試行というように説明されていました。
最近、観光公害という話をよく聞くなと思いました。
もっとも、原因分析については、ポイ捨ての増加と観光客の増加の間に因果関係があるのか、観光客のうち日本人ではなく特に外国人観光客がポイ捨て増加の主要な原因であるというだけのデータ上の根拠はあるのか、鹿の死亡原因がそもそも誤飲なのか別原因で死亡した鹿の胃にたまたま誤飲したゴミがあっただけなのかなど、記事からだけでは分からないことも多かったです。
いずれにしても、ゴミ箱の再設置してもらえると奈良公園に遊びにいったときに便利になりますし、鹿のゴミの誤飲が少しでも減るなら良いことだと思います。
奈良公園の鹿といえば、ネット動画で鹿を蹴る人物の動画が拡散されるなど、いろいろと話題はつきません。
奈良公園の鹿は、古来から保護されてきた野生動物であり。落語の鹿政談にも登場するように、かつては鹿を殺せば死罪というほど、重く保護をされていたそうです。
私自身も奈良公園の鹿にとって何者でもない存在ではありますが、奈良の鹿が攻撃されている様子を目にすると、自分の親兄弟が足蹴にされたような腹立たしさを感じます。
ちなみに、鹿政談の時代ではないですが、現行の法律でも鹿を傷つけることは罪に問われます。
奈良公園の鹿は、春日大社の神様の遣いとして古来から大切に保護されてきた存在です。そして、現在でも文化財保護法による天然記念物に指定されされているとのことです。
文化財保護法196条「史跡名勝天然記念物の現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をして、これを滅失し、毀損し、又は衰亡するに至らしめた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。」とされています。
5年以下の懲役・禁固または100万円以下の罰金というと、ちょうど刑法211条の業務上過失致死傷が「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。」ですので、奈良の鹿を傷つければ、業務上過失致死傷と同様に処罰される可能性があるということになります。
ちなみに、奈良市周辺ではしばしば聞く話かと思いますが、鹿と自動車の交通事故ということもしばしば発生します。
私の父親も、以前、自動車停車中に側面に鹿に突撃されて、随分高い修理費用を支払う羽目に遭っていた記憶です。
鹿は、法的には誰かの所有物ではなく野生動物という扱いであるため、鹿にぶつかられても自分の保険かポケットマネーで修理するしかないのですが、反対に運転者が鹿を傷つけた場合には、理論的には文化財保護法196条により処罰を受ける可能性があることになります。
人を過失ではねた場合の過失運転致傷罪が「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。」という内容ですので、現在でも奈良の鹿は、人とそれほど遜色がない程度に保護されているといえるのではないでしょうか。
弁護士というのは、こういうことを一旦考え始めると、ついつい法解釈の限界ラインを確認するような教室事例を考えたくなるのが悪い癖かもしれません。
例えば、奈良公園の鹿は天然記念物として文化財保護法196条によって保護されるとして、果たしてここでいう「奈良公園の鹿」と、単なる鹿はどのように区別されるのでしょうか。
奈良公園の鹿は、手厚く保護されていますが、日本全体でみれば、鹿はむしろ農産物に被害を与える害獣として駆除対象ともなりますし、狩猟の対象ともなりえる存在です。
一般的な鹿の行動範囲は半径数キロ程度とききますので、奈良公園の鹿とそれ以外の鹿が混在して困るというような現象は自然には発生しないと考えられます。
しかし、例えば、鹿による農作物被害が大きい地域の農家の方が、鹿を捕獲するたびにひそかに奈良公園のすみっこのほうに捕らえた鹿を運んできては放流することを繰り返した場合、果たしてその鹿は、文化財保護法の保護客体になるのでしょうか。
この点を考えるために、まず、文化財保護法の天然記念物として奈良公園の鹿がどのような文言で定義されているのかを調べようと思いましたが、
文化庁の文化財データベースを検索した範囲では該当するものがなく、奈良市のホームページの天然記念物の欄に「名称 奈良のシカ 指定年月日昭和32年9月18日」という記載があるのみでした。
これだけでは、何をもって奈良のシカというのか、判断が難しい内容です。
他の地域から鹿を運んできて奈良公園内に入ったというだけで、天然記念物になるというのは明らかに違和感のある解釈ですので、先ほどの事例でも放流した直後で他の鹿と識別可能な状況であれば、文化財保護法の保護客体にはならないと予想します。
しかし、一旦、その他の奈良公園の鹿の群れに溶け込んでしまうと、外来の鹿と在地の鹿を区別する方法はなくなってしまうように思われます。
また、奈良公園の鹿が何らかの事情で他の市区町村に移動した場合に、保護客体になるのかという点も、即答が難しい問題です。
こういう、あまり実生活の役には立たないことをあれこれと考えてみるのは面白いことですが、現在のところ、明確な答えはだせていません。
過去に、奈良公園の鹿の範囲が争点となった裁判がないかなど、もう少し調べてみたいと思います。