年齢について思うこと

2か月ほど前にニュースで話題になっておりましたが、2024年7月から新紙幣が使われるようになっています。

私の財布の中には、今のところ見慣れている野口英世さんが並んでいますが、見慣れない偉人の顔が描かれたお札を使う機会も少しずつ増えてきました。

先日、勤め先の大阪駅前第三ビル近くのコンビニで買い物をしていると「新紙幣対応について!」と題した注意書きがだされており「自動釣銭機は1984年発行紙幣は使用できません。」と書かれて、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石の懐かしい3人の偉人トリオの顔が並んでいました。

1984年といえば、ちょうど私が生まれた年でもあります。子供の頃のお札といえば、この3人だったなと懐かしく思い出しました。また、自分と同い年の1984年発行紙幣たちが、新しい自動釣銭機に受け付けてもらえない旧式として扱われるのをみていると、彼らが40代を迎えて、年老いて衰え戦力外通告を受けたように思えてきて、何とも哀しいような寂しいような気持になりました。

40代というと、転職市場では、昔から35歳限界説や40歳限界説など、年齢とともに労働市場での評価が下がって、企業に採用されることが困難になるといわれてきました。

最近では、人手不足の会社が増えているため、このような限界はもはや過去のものだという話もありますが、ちょうど自民党の総裁選の争点として解雇規制緩和に関する話題もよく目にする時期ですので、労働契約の募集・採用と労働者の年齢に関する法律の話をしたいと思います。

まず、労働市場の実態がどうあるにせよ、法制度としては、年齢による募集・採用における差別的待遇は原則は認められていないことを確認する必要があります。

労働市場のルール作りのための基本となる法律として「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」という法律(もともとは雇用対策法という題名の法律でしたので、こちらの呼称のほうが馴染みがあるかもしれません。)がありますが、この法律の第9条では「(募集及び採用における年齢にかかわりない均等な機会の確保)事業主は、労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要であると認められるときとして厚生労働省令で定めるときは、労働者の募集及び採用について、厚生労働省令で定めるところにより、その年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」と定められています。

この法律の定めだけを見ると、厚生労働省令で定められた場合だけ、年齢による差別的待遇が許されないというように読めます。

もっとも、この法9条を受けた厚生労働省令として「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律施行規則」がつくられており、同施行規則第1条の3では「(募集及び採用における年齢にかかわりない均等な機会の確保)法第九条の厚生労働省令で定めるときは、次の各号に掲げるとき以外のときとする。」とされています。

少し、論理的な関係性が読みづらいですが、法9条では厚生労働省令で定めるときは年齢に関係のない均等な機会を与えるべきとされており、この法9条でいう「厚生労働省令で定めるとき」というのは施行規則1条の3に列挙されている例外以外の場合という関係になっていますので、結果として施行規則で認められている例外以外の場合には、募集・採用における年齢による差別的待遇が認められない結果になります。

それでは、この施行規則1条の3の例外にはどのようなものがあるのかについてみてみると、例えば、芸術又は芸能の分野で表現の真実性等を確保のために特定の年齢の範囲に属する労働者の募集・採用を行うとき(3号ハ)、労働基準法などの法令で特定の年齢の範囲に属する労働者の就業等が禁止又は制限されている業務について募集・採用を行うとき(2号)、高年齢者雇用など国の政策にあわせて特定の年齢層の労働者の募集・採用を行うとき(3号二)などは、イメージを持ちやすい例外ではないかと思います。

例えば、演劇で小学生の子供の役を演じてもらう人を募集する際に成人がこられても困るとか、危険有害業務で少年が従事することが禁止されている特定の仕事(除染作業等)の募集に16歳の少年に来られても困るとか、国の政策で60歳以上の高齢者雇用を特に行おうとしているときに40代50代の人に応募されても困るといった場合がこれにあたります。

ただし、一見これらに該当するように思える場合でも、例えば60歳以上70歳以下という特定の年齢層に限定した募集をした場合には、法律違反になるなど、細かなチェックが必要です。

また、「事業主が、その雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをしている場合において当該定年の年齢を下回ることを条件として労働者の募集及び採用を行うとき(期間の定めのない労働契約を締結することを目的とする場合に限る。)。」(1号)という例外が設けられています。

これは60歳定年の会社であるため、60歳未満の人に募集をかけるというものです。あくまで、定年の年齢を下回ることを条件とすることが許されるだけですから、「定年まで時間が短くなってしまうので、今回の採用募集は40歳以下の人限定です。」というのは、この例外には当たらず、認められません。

では、いわゆる新卒一括採用の慣行はどこに根拠があるのかというと、施行規則1条の3の3号イに「長期間の継続勤務による職務に必要な能力の開発及び向上を図ることを目的として、青少年その他特定の年齢を下回る労働者の募集及び採用を行うとき」という例外が認められています。

なお、この例外では、①期間の定めのない労働契約の締結を目指すものであること、②業務経験を問わない募集であること、③新卒者以外については新卒者と同等の待遇を保証することなどの条件が満たされている必要があります。

このように、法律の制度面では、年齢による雇用機会の不平等をできるだけ発生しないように考えて制度設計がされています。

もっとも、新卒一括採用や定年制が許容されているので、一旦、新卒採用を逃したり、中高年になって転職をしようとしたときに、採用が厳しいと感じられる現状は、この法律だけではなかなか解消は難しいように思われます。

また、そもそも募集・採用において年齢による均等な待遇を求めることが法律で書かれていたとしても、個々の事案で本当にそれが守られているのかを検証することは容易ではありません。

外部に公表する募集要項には年齢不問と記載して、実際の採用に関する企業側の内部基準では、特定の年齢層の人だけを採用するということがあった場合、証拠の取得の困難さから、なんとも対応が難しいように思います。

これは、年齢だけなく、性別や国籍、人種どのような要素を理由にする採用差別でも同じ問題になりますが、企業内部の採用選考のプロセスは、基本的にはブラックボックスのなかであるため、公平な採用選考の結果、不採用とされたのか、何らかの差別的な処置により不採用とされたのか、不採用にされた側が立証して争うのは、非常に難しい闘いになると思われます。

弁護士として仕事をしていると、「何が真実か?」という問題以上に、「手元にある証拠から、何を真実として証明できるか?」という問題意識を強く持つようになります。

弁護士は当然依頼者の方の主張する事実を信用するのが大前提ですが、その依頼者の主張を裏付ける証拠がなければ、法廷での裁判は証拠に基づいて判断されるため、依頼者の方の期待する結果を出すことが困難になるためです。

この点について、先日、CNNのニュースで面白い記事をみました。アメリカのある黒人男性が本名でエントリーシートを送って不採用にされたため、白人っぽい氏名でエントリーシートを送ったところスムーズに採用面接に至ったため、差別を理由に会社を訴えたというニュースです。

ここまで強く闘う姿勢というのは日本では珍しいように思いますが、労働市場の募集・採用における均等待遇を実現していくには、こういう闘う姿勢も必要になってくるのかなと思うニュースでした。