弁護士として自己破産などの債務整理の分野に携わっていると、様々なお客様の家計の収支状況を拝見したり、借金やクレジット負債を抱えるようになった経緯を伺ったりします。
弁護士は、お客様からいただいた家計の収支表や債務増加の経緯を伺いながら、財産や負債の見落としがないかをチェックするとともに、自己破産などで免責不許可事由と評価される「浪費」などがないかも確認していきます。
もっとも、この「浪費」というのは非常に厄介な概念です。
一般的な言葉の遣い方としては、浪費とは「無駄遣い」と同義と考えられています。そのため、「浪費といわれるようなお金の遣い方はしないでくださいね。」というのは、「無駄遣いは控えてください。」という意味で理解されるのが一般的です。
もちろん、無駄遣いを控えて、家計の支出を削られるお客様もたくさんいらっしゃるので、このような「浪費」という言葉の理解が誤りということはありません。
ただし、なかなかに曲者なのがこの「無駄」という言葉です。
無駄というのは、必要のないもの、役に立たないものという意味でつかわれる言葉です。
しかし、極論レベルで厳密に考えてみると、金銭を使った消費活動というのは、よほど特殊な事例を除いて、市場価値のある商品を金銭を支払って入手するという活動です。
市場価値のある商品に、万人が必要ない、役に立たないと認めるものがあるとは思えません。そのような物品はそもそも市場が値段を付けないと思われます。
したがって、1万円の金銭を使うことによって、市場が1万円の価値があると一般的に承認した物品を交換で入手するのですから、厳密に考えると、完全な無駄遣いのお金の遣い方というのは存在しないことになりそうです。
ビルの上から札束をばらまいたり、暗がりを照らすために札束を燃やすというような、本来とは異なる使用方法で金銭を消費すれば、無駄遣いといえるかもしれませんが、少なくともそんな奇妙なお金の遣い方をしている人を、私は見たことがありません。
このように考えると、「無駄」か「無駄でない」かという尺度で浪費を判断しようと思っても、非常に曖昧な価値観に依存する話しかできないことになりそうです。
友人がみんな高級ブランドの鞄やアクセサリーを持っているコミュニティに属している人が、そのコミュニティで引け目を感じることなく人間関係を構築するために、20万円の金銭を費消して、20万円の市場価値のあるブランド品を購入することは、「無駄」か「無駄でない」のか。
これは、極めて個人の価値観に依存する、曖昧な判断です。周りがみんな持っているのだから絶対に必要だという方もいれば、生活必需品ではないから無駄だという人もいるでしょう。
さらに、単なる娯楽だけではなく、自営業者の場合には、どのような持ち物をもつかで自分自身の印象をコントロールしようという、営業経費としての意識で、高価品を購入されるケースもあるため、さらに話は複雑になります。
この他にも、家族の健康を強く意識する方が、衣料品から石鹸、洗剤、食料品などを全てオーガニック製品でそろえようとすれば、毎月かなりの出費を余儀なくされます。
しかし、それを「無駄」といえるかというと、家族の健康のため、必要やむを得ない支出なのだというのも説得力のある考え方です。
自動車の維持費、子供の習い事代、美容院代、旅行代などについても、「これは絶対に必要なもの。」と感じるものは、人によって様々です。
そして、そういった「絶対に必要なもの。」という基準が、人によって様々であることは、個人の価値観の多様性として、尊重されるべきことと考えます。
弁護士から「この項目にこんなにお金をかけるのは無駄ですね。」と断定するようなことは、なかなか言えません。
弁護士としていえることは、①お客様が絶対に必要と思う支出も、別の価値観を持つ人から見れば、その支出は無駄と思う人もいるだろうこと、そして、②自己破産手続で免責を認めるか判断する人(裁判官や破産管財人)は、その支出を無断と思う可能性が十分あること、③もし、裁判官や破産管財人が、お客様のお金の遣いかたを無駄だと判断した場合には、破産手続きが上手くいかなくなるリスクがあることを説明するところまでです。
いずれにしても、「浪費」について「無駄遣い」というようにとらえると、個人の価値観によって結論が左右されるため、判断に迷うことが多くなります。
そこで、裁判例などでは、「浪費」について、もう少し客観的な視点で定義しており、「浪費」とは破産者の地位、職業、収入及び財産状態に比して通常の程度を超えた支出をすることというように定義されます。
この定義の優れたところは、必要か不必要かという価値判断の尺度ではなく、その人の懐具合とのバランスをみて、過剰な支出をしたら浪費であるという、数字上の比較で話ができるところです。
この基準では、どんなに必要なものであっても、懐具合との関係で購入することが「浪費」にあたることもあれば、生活必需品以外でも、収入の範囲内の普通の支出の程度であれば「浪費」とされないこともあります。
ただし、この基準も、実際にお客様と相談させていただいていると、「じゃあ、いくらまでなら払っていいんですか?」という難しい問題に直面します。
そういったときは、購入しようという商品の相場を調べたり、総務省の公表している統計局の家計収支に関する世帯類型ごとの平均収入と平均支出のバランスなどの比例から、計算して、お客様の世帯の構成や収入額の範囲で平均的といえる支出額の目安を検討するなどして、事案ごとに「浪費」と裁判所からいわれないラインを探していきます。