1 事例
次のような事例を考えてみます。
① 弁護士による受任通知
② 債権者による債務者の給料債権差押え及び取立て
③ 破産手続開始申立て
④ 破産手続開始決定
このような事例においては,破産管財人は,債権者による給料の取立てに対して否認権を行使できるでしょうか。
2 検討
⑴ 執行行為に対する否認
ア 否認しようとする行為が執行行為に基づくものであるとき
「否認しようとする…行為が執行行為に基づくものであるとき」(破産法165条)とは,①執行行為に基づく債権者の満足を否認の対象とする場合及び②執行行為により生ずる権利移転等を否認する場合をいいます(『条解破産法(第2版)』(2014)1124頁)。
本件は,破産債権者が給料債権を取り立てた行為について否認を行う場合なので,執行行為に基づく債権者の満足を否認の対象となる場合です。
したがって,「その行為が執行行為に基づくものであるとき」に該当します。
イ 行為性の要否
偏頗行為否認においては,詐害意思が不要とされることから,効果において破産者の行為と同視される第三者の行為も否認の対象行為に含まれると解されています(『条解破産法(第2版)』1126頁)。
旧法下ではありますが,判例は,故意否認について破産者の「害意ある加功」を要求する一方で,危機否認については,執行行為に基づく場合,強制執行を受けるにつき破産者の「害意ある加功」を要求していません(最判昭和57年3月30日判時1038号286頁,最判昭和48年12月21日判時733号52頁)。
ウ したがって,本件のような給料取立て行為にも否認権の行使は可能です。
⑵ 偏頗行為否認(162条1項1号イ該当性)
ア 既存の債務についてされた債務の消滅に関する行為(162条1項柱書)
破産債権者が給料債権を取り立てる行為は,既存の債務についてされた債務の消滅に関する行為です。
イ 破産者が支払不能になった後(同項1号柱書本文)
支払停止による推定規定(162条3項)があり,受任通知送付によって,支払不能が推定されます。
ただし,推定は,申立て前1年以内の支払停止にのみ適用されます。
ウ 支払不能又は支払停止について悪意(162条1項1号イ)
破産債権者は,受任通知の送付を受けているので,支払停止について悪意です。
ただし,166条の規定が存在し,破産手続開始の申立ての日から一年以上前にした行為は,支払停止の事実を知っていたことを理由として否認することができません。
エ 結論
以上より,冒頭に挙げた事例では,基本的には,偏頗行為否認ができます。
ただし,手続開始申立ての時期によっては,立証のハードルがあるということになりそうです。