交通事故による脳脊髄液減少症
1 交通事故と脳脊髄液減少症
脳脊髄液減少症とは,脳脊髄液が漏れた結果,脳が脳脊髄液に浮いている状態から脳底部に落ち込んでしまう疾患をいいます。
主たる症状は,立位による頭痛が挙げられます。
以前から,脊椎麻酔注射などをした際に髄液が漏出し立位性の頭痛が生じることなどは指摘されていましたが,平成14年頃,篠永正道医師により,交通事故で頻発する頭痛,めまい等の症状が慢性化する難治性の事例においても,その多くが脳脊髄液の漏出が原因であるという見解が示されたことで後遺障害等級認定等をめぐり,脳脊髄液減少症の発症の有無が交通事故裁判で争われるケースが増加しました。
脳脊髄液減少症の症状とされる頭痛等について,自賠責保険における後遺障害等級認定基準では,神経系統の障害として,9級,12級または14級に該当する場合があります。
2 裁判所の判断と脳脊髄液減少症
⑴ 裁判例の傾向
ほとんどの裁判例では,交通事故による脳脊髄液減少症の発症には,否定的な判断がなされている傾向にあります。
その理由は事例によって異なりますが,ある文献によれば,仮に,髄液漏れが認められても健常者との対比で髄液漏れがどのように扱われるのか医学的根拠があいまいであることなどが指摘されています(自保ジャーナル1672号)。
この点,脳脊髄液減少症を発症したと確定的に認めることはできないが,その疑いが相当程度あり,仮にそうでないとしても,現在の神経症状が重いものであることは明らかであり,被害者に事故前の既往症が認められないことや,事故の態様が,被害者が意識を失うようなものであったこと等を総合して,現在の神経症状が事故によるものと認め,後遺障害の程度を後遺障害等級表9級10号と判断した裁判例があります。
もっとも,その控訴審は,脳脊髄液減少症の発症を否定し,後遺障害等級表14級の後遺障害であると判断しました。
このように,交通事故による脳脊髄液減少症の発症には,否定的な判断がなされている傾向にあります。
⑵ 脳脊髄液減少症と治療費の認定
交通事故後に医療機関で検査を受けて脳脊髄液減少症と診断され,治療が行われたものの,訴訟では脳脊髄液減少症の発症が否定された場合,治療を目的とする治療費について賠償義務を否定する裁判例が多いですが,検査費用について賠償義務を認めた裁判例があります。
もっとも,事案によって結論が異なることがあるため,注意が必要です。
3 脳脊髄液減少症の診断基準
脳脊髄液減少症該当性の診断基準は様々あり,篠永正道医師によるガイドライン,国際頭痛学会や日本脳神経学会等によるガイドラインなどが公表されているものの,統一された見解には至っておりません。
そこで,現在,厚生労働省の助成により,専門家集団による研究班が組まれ,十分な科学的根拠に基づく診断基準の作成が行われています。
現時点では,研究班により,画像判定基準と解釈が公表されており,脊髄液の漏出の有無については,①脳槽シンチグラフィー,②脊髄MRI/MRミエログラフィー,③CTミエログラフィーを用いて,低髄液圧症か否かについては,①頭部MRI,②髄液圧測定を用いて判断されるべきことが示されています。
そして,画像判定により,脊髄液の露出が認められ,起立性頭痛等の症状がある場合は,脳脊髄液露出症と定義されるようになりました。
4 脳脊髄液減少症と治療法
脳脊髄液減少症の治療法として,漏れた髄液箇所を自家血の凝固作用を利用して塞ぐブラッドパッチというものがあります。
これまでは先進医療として保険適用外でしたが,平成28年4月1日から保険適用なされることになり,被害者の方の負担が軽減されました。
5 最後に
脳脊髄液減少症は,実務の傾向をよく理解していなければ徒にお金や時間を費やすことになりかねません。
このことは,脳脊髄液減少症以外の傷病の場合にもいえます。
交通事故に遭われ,どうしたらよいか不安に思われている場合には,すぐに交通事故に詳しい弁護士にご相談されることをおすすめいたします。
弁護士法人心では,依頼者の方にご来所いただきやすいよう最寄駅からすぐの場所に事務所を設けております。
弁護士法人心 名古屋法律事務所であれば,名古屋駅から徒歩2分の距離にありますので,お気軽にお問合せください。